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広島高等裁判所 昭和36年(ネ)23号 判決 1962年12月18日

控訴人(被告) 広島県社会保険審査官

被控訴人(原告) 大山績

主文

原判決を取り消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴人指定代理人は、主文同旨の判決を求め、被控訴人は、本件控訴を棄却する、控訴費用は控訴人の負担とするとの判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張及び証拠関係は、被控訴人において、

被控訴人の肺活量は、昭和二七年英連邦軍基地工作隊に勤務当時五、二〇〇立方センチメートルであつたところ、国立賀茂療養所退所時においては僅か二、六〇〇立方センチメートルしかなかつたから、その減少率は約五〇パーセントである。又、被控訴人は、右肺上葉、右第三、第四肋骨切除手術の結果、肩関節部に変形があり、その機能に右上肢挙上不充分(一八〇分の一一〇程度)の障害を受けているものである。よつて、被控訴人の廃疾の状態は、厚生年金保険法別表第二の第二一号の「身体の機能に、労働が制限を受けるか、又は労働に制限を加えることを必要とする程度の障害を残すもの」に該当する。

と陳述し、控訴人において、

被控訴人は、肺葉切除手術を受けたものであるが、右手術施行の場合には、肩胛関節の機能障害は医学常識上起り得ないものであり、現に被控訴人が本件障害手当金給付請求にあたり提出した担当医師の診断書(乙第一号証)によるも被控訴人には肩胛関節の機能障害はない旨記載されている。

又、右手術の結果、被控訴人の肺活量が減少したことは明らかであるが、医学専門家の一致した見解によれば、肺活量が当該人の予測価(身長と年令を基礎として算定する。)の五九パーセント以下に減少したときは当然労働能力に制限を受けることになるが、そうでない場合は、これによりただちに労働能力に制限を受けることはないとされている。ところで、被控訴人の身長は一六六センチメートル、本件傷病がなおつた昭和三二年一〇月二七日現在における年令は四四歳であるから、これに基づき被控訴人の肺活量の予測価を算定すれば三、七三〇立方センチメートルとなる。しかるに、右日時における被控訴人の肺活量は二、六〇〇立方センチメートルであるから予測価に対するその百分率は六八パーセントである。しからば、前述したところにより、被控訴人はこの程度の肺活量の減少ではその労働能力に制限を受けるものではない。

よつて、被控訴人の廃疾の状態は厚生年金保険法別表第二の第二一号に該当しない。

と陳述し……(証拠省略)……たほか原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。

理由

被控訴人が厚生年金保険及び健康保険の被保険者であつて、昭和三〇年一月一〇日から肺結核のため健康保険法による療養の給付を受けたが、昭和三二年一〇月二七日右疾病がなおつたので同年一一月一日広島県知事に厚生年金保険法による廃疾に関する給付を請求したところ、同知事は昭和三三年八月二八日被控訴人は右給付を受けるべき廃疾の状態にあるとは認められないとして不支給の処分をしたこと、被控訴人はこれを不服として同年九月八日控訴人に対し審査の請求をしたところ、控訴人は同年一〇月三〇日附で請求人(被控訴人)の申立は立たないものとする旨の決定をなし、同年一一月四日その旨を被控訴人に通知したこと、そこで被控訴人は翌五日社会保険審査会に再審査の請求をしたが昭和三四年八月三一日附をもつて右請求を棄却されたこと、これより先被控訴人が昭和三一年一月一七日国立賀茂療養所において右肺上葉、右第三、第四肋骨切除の手術を受け右疾病がなおつた昭和三二年一〇月二七日現在において右肩関節部に変形があり、肺活量は二、六〇〇立方センチメートルであつたことの各事実は、いずれも当事者間に争がない。

被控訴人は、昭和三二年一〇月二七日現在における自己の廃疾の状態が厚生年金保険法別表第二の第二一号に該当し、同法第五五条による障害手当金の受給資格を有すると主張するに対し、控訴人はこれを争うので以下この点について判断する。

(一)  右肩関節部に機能障害があるとの点について

被控訴人は、前記右肺上葉切除等手術の結果右肩関節部に変形を生じその機能に右上肢挙上不充分の障害が残存していると主張するが、成立に争ない乙第一号証、同第二号証、当審証人和田直、同砂原茂一、同河野明已の各証言を綜合すれば、被控訴人が国立賀茂療養所において受けた前記手術は右肺上葉切除に胸廓成形術を併用したものであること、かかる手術を施行するときは手術による骨の欠損により当然右肩関節部に変形を生ずるけれども通常その機能に障害を生ずることは少なく、被控訴人の場合においてもその右肩関節部には認めるに足る機能障害が残存せざること等の事実を認定することができる。もつとも、成立に争ない乙第三号証の二(回答書)によれば、被控訴人には右上肢挙上不充分(一一〇位)の障害が残存する旨の記載があるけれども、他方前記当審証人河野明已の証言によれば、右乙第三号証の二は、国立賀茂療養所における被控訴人の主治医たる河野医師が被控訴人をして右手を挙上させその結果を目測したものを記載したにすぎない不正確なものであつて主治医としても被控訴人の関節機能に障害があるとは考えていなかつたことが窺われるから、右乙第三号証の二によつては前記認定を左右することはできないし、他に前記認定をくつがえすに足る証拠はない。よつて、被控訴人の前記主張は採用することができない。

(二)  肺活量の減少により労働能力に障害を受けているとの点について

被控訴人は、被控訴人の肺活量は発病前五、二〇〇立方センチメートルであつたところ、疾病のなおつた時においてはこれが二、六〇〇立方センチメートルに減少したから身体の機能に労働が制限を受けるか、又は労働に制限を加えることを必要とする程度の障害があると主張する。

よつて審究するに、被控訴人の疾病がなおつた時においてその肺活量が二、六〇〇立方センチメートルであつたことは前記のように当事者間に争がなく、右時点における被控訴人の身長が一六六センチメートル、その年令が四四才であつてこれに基づき算定される被控訴人の肺活量の予測価が三、七三〇立方センチメートルであることは被控訴人の明らかに争わないところである。しかして、原審証人河野明已、当審証人和田直、同砂原茂一の各証言を綜合すれば、肺葉切除及びこれに併用された胸廓成形の手術を受けた場合においては略治(治癒)後の肺活量が予測価の六〇パーセント以上である限り一般に何等労働能力に制限を受けるものではないこと、前認定の被控訴人の肺活量の予測価に対する略治(治癒)後の肺活量の比率は約六八パーセントに達するものであつて退院後の体力の回復と訓練に伴い重労働も可能であり、労働に制限を加えることを必要としないこと等の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

しからば、被控訴人の疾病治癒時における肺活量の減少をとらえて厚生年金保険法別表第二の第二一号所定の障害ありということができないこと明らかである。もつとも、前記乙第一号証及び原審証人河野明已の証言によれば、被控訴人は前記療養所退所時その後数ケ月間は自宅において休養しその後軽作業に就き得る程度の状態であつたことが認められるが、右は病後における体力の減退であり一時的なものというべきところ、前記法律別表第二の第二一号所定の障害とはその第一号ないし第二〇号との対比から明らかなように身体に残存する固定的・永久的障害をいうのであつて右のような一時的な労働能力の低下を含まないと解するのが相当であるから、被控訴人が前記退所当時右のような健康状態にあつたことは何等前記認定を妨げるものではない。よつて、被控訴人の右主張も採用できない。

(三)  その他被控訴人の身体の機能に労働が制限を受けるか、又は労働に制限を加えることを必要とする程度の障害の残存することを認めるに足る証拠はない。

しからば、被控訴人は、前記法律別表第二の第二一号に該当する廃疾の状態にはないものというべく、広島県知事の被控訴人に対する障害給付不支給処分を維持してこれに対する被控訴人の審査請求を棄却した控訴人の決定は何等違法ではないから、被控訴人の本訴請求は失当として棄却を免れない。

よつて、右と異なる原判決は不当であるから民事訴訟法第三九六条によりこれを取り消すこととし、訴訟費用の負担につき同法第九六条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 河相格治 胡田勲 宮本聖司)

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